北浜のオフィス街の一角に「まちかど」はある。創業30年を超える老舗だ。創業当時から比べると、界隈は隔世の感があるだろう。それほど北浜は変貌を遂げている。現在の店主は二代目、店を父親から引き継いで15年になるそうだ。

　扉を開けて店内に入ると目の前に長いカウンターがあり、店主とスタッフの威勢のいい声に迎えられる。冷房を効かしているが、熱気あふれる接客が気持ちい良い。左手にテーブル席があり、そこでも鉄板焼きを楽しむことができるようになっている。利用者の多くは周辺の会社に勤めるサラリーマンで、仕事の打ち上げや歓迎会などの利用も多い。20名程度の団体でも余裕である。そこにお好み焼きや串焼きがどーんとやって来る。盛り上がらないはずがない。

　店内を全面禁煙にしたきっかけは、お客からの匿名の要望だった。まずはランチタイムを禁煙にした。ランチタイムの禁煙に不満の声は出なかった。禁煙を要望した匿名の方は、「ランチを美味しくいただけるようになって良かったです」と名乗り出た。料理人としてはうれしい言葉だった。ただ、ディナータイムの禁煙は決断できなかった。サラリーマンにとって職場はどこも禁煙だ。せめて串焼きを肴に一杯やるときくらい吸わせてよ、の常連客の声に抗うことはできなかったのだ。

　それでも2017年1月1日をもって店内全面禁煙に踏み切った。きっかけがあった。一つ目は、常連客同士の喫煙にまつわるちょっとしたトラブルだ。タバコの嫌いな客とチェーンスモーカーとの間で言い合いがあった。二つ目は、先に入った子供連れが、後から入った客のタバコの煙を嫌って席替えを頼んできたことだ。いずれの場合も、美味しいものを提

供する店で、こんなことがあっていいのかと考えさせられた。どちらの客も大切だが、料理を美味しくいただけない環境を提供するのは間違っていると感じたのだ。喫煙の常連客は6割減った。それでも売り上げは落ちなかった。前年に比べて売り上げが大きく伸びた月が続いた。

　禁煙にしたことで思わぬこともあった。スタッフを随時募集しているのだが、募集要項に禁煙をうたっていることもあって、「禁煙店ならぜひ働きたい」と名乗りをあげた応募者がいたことだ。お客のことだけを考えた禁煙だったが、働く側の思いも知ることができた。店のルールを決めるのは経営者の責任である。正しいと思ったことはやったほうがいい。全面禁煙は、店を潰す覚悟での決断だったが、経営者としての教訓を得た体験でもあった。